2018年09月21日(金)

疲れがとれなくて頭痛?

カテゴリー : 震災

9月の連休。シルバーウィーク。

2回目の岡山、真備町ボランティア。

土曜日、朝から頭痛。。。吐き気。。。

昼まで経ってもおさまらず。

 

連休ということで、日曜のボランティアのために夕方から出発。

カラダも、もちなおしてきて。夜には食べられるように。

日曜はすっきり、この日(9月16日)は、秋晴れというより夏に近い暑さ。

地元の方が言うには、被災された方は、普段親戚のところで寝泊まりし、

週末に、自宅に帰り作業される方が多いのだとか。

そのお手伝い、資材の撤去。

 

日曜の夜に彦根に戻り、翌日はほぼ寝てました^^!。

で・・・普段の仕事に戻ったら、毎日、頭痛の日々。

背中の疲れと頭痛、患者さんのおっしゃることを身をもって体感した週でした。。。

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2018年08月05日(日)

備前の高校生とボランティア活動

カテゴリー : 震災

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岡山県倉敷市真備町。

西日本豪雨災害で甚大な被害を受けた場所。

そのちょうど、1か月後。

川が氾濫し、泥に浸かった木材を撤去するのが今日の仕事。

今回のグループは、備前市の高校生3人と

青年海外協力隊から帰国した男性、わたしの5名の構成。

年齢,18,18,18,28,44。。。足せば126。

誰かが平均年齢をあげてる。。。

みんな協力して、酷暑の中、ただもくもくと運び、

倉庫の大量の木材は、ほぼほぼ片付きました。

こういうボランティアで思う、連帯感。

見知らぬ者同士が、ただ目的をひとつにして協力する。

年齢や住んでいるところは違えども、心をひとつにして遂行する。

終わった後は、打ち解け談笑する。

聞けば、高校3年生、大学受験を控えている様子。

思い立っての行動。

そういえば・・・

何かのきっかけで、変わることってあるのだと思います。

彼らにとっての生活は、受験勉強が多くの時間を占めてるのかもしれないですけど、

この一日をきっかけに、何かを思い描いてほしいと思います。

岡山の復興であれ、

志望校の合格であれ、その先であれ、

大学生になってカワ(・∀・)イイ!!彼女ができるとか??でも。

(いるのかもしれませんが。)

思い立っての行動が、別の形で実を結ぶことをよく聞きます。

何か、幸運を運んでくれるというか。

そして、いい知らせを持って、卒業旅行に彦根に遊びにきてくれたら、うれしいですね。

 

 

 

 

 

 

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2013年09月16日(月)

台風の爪痕より

カテゴリー : 震災

朝から、雨と突風で、避難勧告もあったり、川の水位がもう少しで堤防を越えそうになったり。

滋賀県と京都、福井では、特別警報というのが、発令されました・・・。

幾人かの方から、「大丈夫ですか?」という電話☎。

その中に、釜石からの電話もありました。

昼ごろにかかってきた、その電話を受けたとき、外は晴れ、台風一過の様相でした。

自然災害を身をもって体験された方からの電話。

やはり重みがあります。

テレビでは、命を守る行動を・・・、と呼びかけられていました。

ことさら自然というものを、舐めてしまっていて・・・

命を守る行動というものにピンときません。

テレビで、川が氾濫している映像をみて、

こちらの場所も、堤防からは、少し下がった場所に位置します。

あともう少し水位が上がれば、やはり同じことになっていたかもしれません。

電話の最後に 「これから、うちの番です。」という冗談めいた締めくくりには、いい響きがありました。

日本列島を縦断した台風18号。

震災のことを思い起こしてくれました。

 

 

 

 

 

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2013年03月12日(火)

釜石からの手紙

カテゴリー : おすすめの店 , 震災

震災時の救援物資として贈られたものと同型の時計

震災時の救援物資として贈られたものと同型の時計

夜9時を過ぎたとき、治療院の前に宅配便の

トラックが停まりました。

今頃の配達もあるのかと思いきや、

送り主は、ジュエルさんからでした。

午前中の電話と夜に荷物が届いたこと。

中身は、指輪と掛け時計でした。

朝の電話は、今日着くのを見越しての電話だったのです。

同封されていた手紙には、

釜石のジュエルさんの近くの商店街では、いまだ他に新規で建てられた店はなく、

大型店の出店計画も来年3月まで、延期になったことが書かれていました。

復興、復旧は、進んでいない現実があります。

滋賀県と東北は遠い距離ですが、生活の中でできることで貢献できたらと思います。

写真の掛け時計は、こちらの店舗の開店祝でいただきました。ホントありがたいことです。

ジュエルさんでも重宝している、こちらの時計は、温度と湿度も表示されます。

今日の室温は17度、湿度49%。

春です。

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2013年03月11日(月)

釜石からの電話

カテゴリー : おすすめの店 , 震災

以前ご主人と

以前ご主人と

今日、午前電話が鳴りました。

電話の相手は、釜石市の「ジュエル」さんからです。
(ブログのおすすめの店・震災のカテゴリーで以前紹介しました。)

「指輪が出来ました!」

「そうですか!急な注文だったのに、ありがとうございます^^!」

はじまりは、ボランティアの訪問先だったジュエルさん。

今回は、指輪を注文したんです。

それも、昨年6月にお店を再開されたからできたこと。

注文を受け、指輪を取り寄せ、サイズを確認してもらい、

最後にイニシャルを彫る。

ジュエルさんが、今まで、されていたことを、私たちにもしてくださいます。

今日は、3月11日。

2年前の今日、甚大な被害を受けた釜石市。

ジュエルさんは、釜石港にほど近いところにあります。

 

さて、指輪の文字は15字まで、彫れるそうです。

何にしましょう。。。これが一番迷いそうです。

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2012年10月07日(日)

復興の星 ジュエルさん

カテゴリー : 震災

2012年6月26日オープン。

お店の前で

お店の前で

赤と黒を基調にした店構え。店内には、メガネと装飾品が並んでいます。
よくぞ、ここまでと思わずにはいられません。
ご主人と奥様は洒落ていて、以前お会いしたときとは、いでたちが違います。
震災の年の5月と10月。そして翌年の10月。私がこちらに訪れた3回でさえ、この町の風景は変わりました。
昨年お手紙をもらった時は、店の再建の話はありませんでした。
しかし、今は、こちらで店を営まれていて、その姿はとてもよく似合っています。
こちらに訪れたとき、たまたま旦那さんは、誕生日で、古希になられました。
今回は、こちらでメガネを買うことが、ボランティアとは別の目的でした。
遠くから来たことに気を遣ってくれたかもしれません。
もしくは、彦根で治療院をすることを察してのことだったかもしれません。
メガネは、津波で売り物にならないけど、使えるものだからということで、
プレゼントしていただきました。
せめて宣伝ぐらいはさせてほしいと、こちらのブログに載せます。
もしも釜石に行かれたら、ぜひ寄ってください。
復興の星 お店の名前は「ジュエル」
岩手県釜石市大渡町2丁目6の11

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2012年10月07日(日)

光と影

カテゴリー : 震災

鵜住居地区で

鵜住居地区で

10月7日午前10時、釜石市鵜住居地区に立っています。
海岸線から2km近くのこの地域は、まるで廃墟のような様相で、
2年前には、ここにも民家が立ち並んでいたとは、
遠く離れたところに住む私たちには想像できません。
釜石市の中でも、大きな被害のあったこの地域は、
今もなお新築された建物はなく、
ただ家のコンクリートの基礎だけしか見ることができません。
今日は、この場所で瓦礫の撤去をすることが私たちボランティアの任務になります。
ボランティアの仕事をする前に、今回の隊長である奥田さんから、
この場所がどういう場所であったかの説明がされます。
今、このお寺の斜面から見ることができる建物の一つに、災害防災センターがあります。
3月11日あの大津波の中、多くの方がこの場所に避難されたにも関わらず、
命を落としました。その一方で、小中学生は、全員が高台に避難し無事で「釜石の奇跡」と呼ばれています。
光と影は、多くの震災孤児を生んだ場所がこの鵜住居地区です。

You Tube 「釜石 鵜住居」でニュースステーションで放映された映像をみることができます。

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2011年06月01日(水)

連帯感

カテゴリー : 震災

シャッターの錆とり

シャッターの錆とり

「10年もすれば震災のことを忘れてしまうんだろうなぁ。」

被災地で活躍された柔道整復師の方の言葉です。

10年後の東北の姿。

その場所で時代を過ごしてきたから

言えるのだと思います。

車で寝泊まりをして20日。

ボランティアは、自己完結なので、時間とお金の続く限り。

好きなだけして、好きな時に帰る。

誰にも強制されていないから、当たり前といえば当たり前。

特別何かができたということはありませんが、

このような経験が、のちのち震災のことを忘れないための

行動のひとつであればと思います。

今回できた縁をつなげることも大切です。

社会福祉協議会の人、現地の人、ボランティア仲間。

より広がって連帯感が生まれるように。

部屋でこんな記事を見つけました。

「21世紀の提言」~世界へ出ていく若者たちへ~

緒方 貞子さん、1997年の朝日新聞に掲載されたもの。

今から14年も前の記事。

「人間は、仕事を通して成長していかなければならない。その鍵となるのは好奇心だ。」

という冒頭から始まります。

記事には、日本の若い世代に

「何でもみてやろう」「何でもしてやろう」という姿勢を意識的に持ってもらいたいと思う。
~中略~

世界各地にある厳しい状況に身を寄せ、身を置く努力をしなければならない。

さらに、キーワードは「連帯(ソリダリティ)」だと思っている。

遠い国の人々に連帯感が持てるかどうかが鍵だ、と書かれています。

(自分が要約するより、そのまま書いた方がわかりやすいかも)

若者への奮起を促す記事を誰かから頂いていたわけです、

学生時代のI先生の授業で紹介された記事でした。

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2011年05月21日(土)

おばあちゃんとドライブ

カテゴリー : 震災

台温泉への道すがら

台温泉への道すがら

ボランティアの合い間の楽しみは温泉。

釜石から2時間ほど、

車を飛ばせば台温泉というところがあります。

東北に行ったことは、初めてで。

何がわからないかと言うと、言葉です。

地元の言葉を、本気でしゃべられたら、外国語です。

特に、お年寄りはそうでした。

温泉の場所を聞こうと、歩いているおばぁちゃんに聞いたら、

ホント何を言ってるか、わからない。

そしたらナント車のドアを開けて乗り込んでくるではありませんか!!

右手にタオル。私も行くので乗せていって、ということでした。

ということで、二人で短いドライブを…。

東北には、今もこういう温かさが残っています。

温かさというか…

斜に構えて、人をみない、気さくさ。

さすがに、帰りは、お会いしませんでしたけど

言葉は、わからないからこそ、

起こったハプニング

これもまた、ふれあいのひとつですね。

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2011年05月20日(金)

励ますも言葉、傷つけるも言葉

カテゴリー : 震災

釜石市 2011.5

釜石市 2011.5

「見つかっただけでもよかった。」

そう言われたとき、自分の無神経さを感じずにはいられません。

仮設住宅ができてきて、避難所からそちらに移られる方のための

引っ越しの手伝いがあります。

おおよそ、ありがたがられるボランティア、

その勢いで、軽々しくしゃべってしまうことがありました。

「仮設住宅に行かれるのですか、ひと安心ですね。」

何気ない自分のひと言。

「津波で家族が、いなくなりました。3人だけで住むことになりました。

娘は見つかったんですが、おばぁちゃんは、まだ…。」

落ち着かれているようで、その奥の深い悲しみ。

ここは、まぎれもなく被災地なのです。

誰も好き好んで仮設に住みたくないし、それ以前に家と家族を

失っているかもしれないという現実。

そう言われたとき、言葉を失います。

かける言葉を自分は持っていません。

そんなとき

一緒に手伝っていた、となりのおじさんが、

「でも、頑張ってください。」

とっても温かい口調で、その女性を励まされ

自分は救われた気分になりました。

ことばの重みを知った日があります。

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