2013年09月22日(日)

体感!耐久遠足

カテゴリー : 休みの日

以前、ブログで書いた、耐久遠足。

昭和の初め、彦根の女学校での名物行事、耐久遠足を、先日体感してきました。

彦根女学校(現彦根西高校)から大垣城を目指す。

その距離は・・・?

ちなみに、今回の参加者は、わたくし一人のみ、そんな遠足でした。

治療院の前から、中山道を通って、米原、醒ヶ井、柏原、関ヶ原、垂井、そして大垣へ。

歩き始めは好調、昔の宿場町の街並みをみて、田園風景を眺める。

歩くってすばらしい!

醒ヶ井あたりでは、ウォーカーズ・ハイ(そんな言葉があるか不明)!!に。

気分が良くなり、足が進む進む^^!

しかし、伊吹山を左手に、関ヶ原に入ったころ。

急ブレーキ。太ももが痛くなり、足が進まないこと進まないこと。

「関ヶ原の戦い」??

いったいなんのために歩くのか。

それは、こんな言葉に興味を持ったからです。

「耐久遠足は、あとあと自信になりました。あれができたら、なんでもできる。」

大正生まれのおばあちゃんが言っていたのを聞きました、当時の精神鍛錬だったのかもしれません。

そして標識が、大垣まで20キロ・・・。(関ヶ原から大垣って意外に遠い)

☆ ☆ ☆

「人は歩くことを辞めた時、挑戦することを辞めたとき、年老いてゆくものだと思います・・・

振り向けば、そのひと足が道となり、そのひと足が道となる、迷わずいけよ、行けばわかるさ!

ありがとう!!」

(うる覚えですが・・)

そんな小さな励ましで、なんとか大垣城に到着。

日も暮れ、時刻は夜7時をまわっていました。

帰りは、もちろん電車、電車賃820円也。

約1時間あまりで、南彦根へ。

大垣城をバックに達成

大垣城をバックに達成

その落差たるや、文明の利器のありがたみ

昔の人への尊敬

そして、治療院で

高周波治療器が、活躍しました・・・。

 

 

 

 

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2013年09月16日(月)

台風の爪痕より

カテゴリー : 震災

朝から、雨と突風で、避難勧告もあったり、川の水位がもう少しで堤防を越えそうになったり。

滋賀県と京都、福井では、特別警報というのが、発令されました・・・。

幾人かの方から、「大丈夫ですか?」という電話☎。

その中に、釜石からの電話もありました。

昼ごろにかかってきた、その電話を受けたとき、外は晴れ、台風一過の様相でした。

自然災害を身をもって体験された方からの電話。

やはり重みがあります。

テレビでは、命を守る行動を・・・、と呼びかけられていました。

ことさら自然というものを、舐めてしまっていて・・・

命を守る行動というものにピンときません。

テレビで、川が氾濫している映像をみて、

こちらの場所も、堤防からは、少し下がった場所に位置します。

あともう少し水位が上がれば、やはり同じことになっていたかもしれません。

電話の最後に 「これから、うちの番です。」という冗談めいた締めくくりには、いい響きがありました。

日本列島を縦断した台風18号。

震災のことを思い起こしてくれました。

 

 

 

 

 

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